菓子箱

新訳 すこやか生活

隙あらば自分語り

"顔が良い"って言えなくなった話とか

 

最近、非実在存在である漫画やアニメのキャラにしか「顔が良い」って言えなくなった。というか、言いづらくなった。私だけだろうか。

多種多様なジャンルがあるのであえて一括りに言うと、ここ数年いわゆる"多様性"であったり、"私は私"的な話についての議論が盛んになって、社会的にもいろいろと認識の変化も出てきて、それ自体はとても大切なことだし良いことだと思う。ルッキズムについては私自身人並み以上にいろいろ感じてきたと言い切れるくらいのそれはあったし。変わればいいなぁって思うこともたくさんある。

でもそんな変化期の中、逆にがんじがらめになっているというか、「褒める」という本来手放しに良いとされそうな行為ですら「この褒め方は正しいのだろうか」と頭を抱えてしまうことも多くなったなぁと思う。(正しい褒め方って、なに‥。)

誰かに対して「顔が良い!」(俗に言う美人・イケメン的な)と言いたくなったとき、「外見至上主義的に捉えられて不快にさせたらどうしよう」とか「見た目だけで軽率に判断する人間と思われてしまうだろうか」とか、両方向にいろんな気持ちが過ぎってしまって、素直に「顔が良い」って言えなくなってしまった。それ自体は本当にただの褒め言葉なはずなんだけどね。見た目が素敵って、そりゃあ‥素敵なことじゃないか。でもやっぱり、いろいろ思ってしまうのだ。

体型について言えば「この人は線が細くて羨ましいなぁ、たくさん食べるのに太らないし‥」とか思っても「太れないことを気にしてる人もいるしな‥もしそうだったら逆に傷つけるかも‥」っても思ってしまうし。

痩せてるとか太ってるの判断ラインさえ個人でまったく違うし、どんな体型が理想か、どんな顔立ちに惹かれるか、何を美と思うか、その感覚は全員違うのにそういうのでいちいち迷っても仕方ないんだけどね。

結局のところ問題なのは「個人正義を他人に押し付けること」で、個々人に必要な認識は「多数派だけを絶対正義としないこと」くらいなのでは?って思うけど、それを自分なりにしっかり解釈判断しようとすると、なんかもう何も言えなくなってしまうんだよな。

いろんな人がいて、いろんな認識や価値観があって、それらが昔より発信されるようになって、視野が広がったことで逆にどうにも足元が落ち着かない感じになっているのが今な気がする。

例えば「見た目を売りにしている」ということで言えばジャニーズが最たるものだと思うけれど、もはや私はジャニーズの麗しき方々に対しても「顔が良い」を言いづらくなっている。(もちろん容姿端麗なだけでなく諸々かなりの努力を積み上げておられ、それらも全てまとめての魅力であることもわかっておりますが!)

まぁ私が過剰なんだろうねって自覚もしてるけど、結構同じように迷ってしまう人いるんじゃないかなぁ。いないかなぁ。

極端な話「この人の顔が好みですよ」という意思表明が「この人以外はダメ」を引き連れているわけじゃないし、その気持ち自体が傷をつけることは基本ないだろうからそんな神経質になりすぎる必要もないのにね。

そういうの考えすぎてるあたりがすでに差別的なんじゃないの?って言われちゃうかもだけど、それこそ私の価値基準のデフォにないことは頭使わないと解釈できないから。

自分の使う言葉ひとつひとつ、無意識に他者を傷つける可能性がないか考えることは大切だと思うから。無知の暴力がいちばん怖い。

逆に「あ、これって伝わんない感覚なんだ〜‥」って静かにショック受けてることもあるし。みんないろいろあるんよね。

知る意思を持ち続け、アップデートし続けなきゃいけないと思うし、お互いを尊重して、思いやって、なんて散々言われ尽くしたような言葉だけど、マジでそれが本当に大事なことだと思う。

 

そういえば私自身はここ数ヶ月でかなり体を絞ってきたけど、それは標準体重を超えたからでもなければ誰かに太ったと言われたからでもなくて。芸能人やアイドルを見て痩せなきゃ!って思ったからでもなくて。まぁ少し太っちゃったのは事実なんだけど。

純粋に鏡の前に立ったときに納得いかん体型だった、それだけ。好きな服を着たときの何か思ったのと違う感とか、服屋さんで試着した時の「もう少し痩せてたら買ったかも‥」のあの感じが嫌で、自分が自己ベストだと思える体型でいたくて痩せようとしてるだけだ。

納得のいく体型に絞ったうえで着られなかった服なら「あ、これはそもそも骨格が合わないんや〜」で終了するからあんまり凹まないし、サイトのイメージ写真を見てイイナァって思った通りのシルエットで自分も着ることができたらすごく嬉しい。

モテたいとか褒められたいとかで自分のルックスを考えていない。化粧も服も筋トレも全部全部自分の機嫌を取ることしか考えていないし、何がどんだけ流行っていようと自分が良いと思ったものしか選ばない。(だからこそ褒められたときは自分の感性と努力を褒められたと感じるので大変嬉しい。)

この容れ物で生きていくしかないんだから、出来る限りのメンテをして少しでも快適に過ごしたい、お前がどう思うとかは知らん、大切なのはワイの機嫌や。という話だ。

大学生あたりからこのスタンスになって、最初こそいろいろ言われたりびっくりされたりもしたけど、ずっとやってると受け入れてもらえるというか、君は君をやってていいよね!っていう言われに変わっていって私はすごく過ごしやすくなった。

生活における自己武装に関しては本当に自己中でいいと思うぜ。急に口調が迷子だぜ。

 

終わり方がわからないぜ。終わるぜ。

 

 

最近「顔が良い!」と思ったのは呪術廻戦の禪院直哉くんなんですけど、愛すべきドブカスお兄さんなのでたまらないです。キャラとして100億点。

 

 

ではでは皆さん今日もぼちぼち生き延びる方向で。